以常見我故 而生恣心 放逸著五欲 堕於悪道中 我常知衆生 行道不行道 随応所可度 為説種種法 毎自作是念 以何令衆生 得入無上道 速成就仏身          南無妙法蓮華経 南無妙法蓮華経 南無妙法蓮華経。


by eco_eco69
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【御書の要】立正安国論を学ぶ【日蓮仏法】(6)        せいきょう夕刊編

― 立正安国論(3)(回答)


― 原文 ―

主人諭して曰く 

 仏閣甍を連ね、経蔵軒を竝べ、僧は竹葦の如く、侶は稲麻に似たり。
 崇重年旧り尊貴日に新たなり。
 但し 法師は諂曲にして人倫に迷惑し、
 王臣は不覚にして邪正を弁ずること無し。
 

 仁王経に云く

  諸の悪比丘、多く名利を求め
  国王・太子・王子の前に於て
  自ら破仏法の因縁・破国の因縁を説かん。
  其の王別えずして此の語を信聴し
  横に法制を作りて仏戒に依らず。
  是れを破仏・破国の因縁と為す。

 巳上。


 涅槃経に云く

  菩薩、悪象等に於ては心に恐怖すること無かれ。
  悪知識に於ては怖畏の心を生ぜよ。
  ~悪象の為に殺されては三趣に至らず。
  悪友の為に殺されては必ず三趣に至る。

 巳上。


 法華経に云く
 
  悪世の中の比丘は 
  邪智にして心諂曲に、未だ得ざるを為れ得たりと謂ひ 
  我慢の心充満せん。

  或は阿練若に 納衣にして空閑に在って 
  自ら真の道を行ずと謂うて 人間を軽賎する者あらん。

  利養に貧著するが故に 白衣のために法を説いて 
  世に恭敬せらるること 六通の羅漢の如くならん。
  乃至 
  常に大衆の中に在って 我等を毀らんと欲するが故に 
  国王大臣 婆羅門 居士 及び 余の比丘衆に向って 誹謗して
  我が悪を説いて 是れ邪見の人 外道の論議を説くと謂はん。

  濁劫悪世の中には 多くの諸の恐怖あらん 
  悪鬼其の身に入って 我を罵詈毀辱せん。
  ~濁世の悪比丘は 仏の方便 随宜所説の法を知らず、
  悪口して顰蹙(ひんしゅく)し 数数擯出せられん。
 
 巳上。


 涅槃経に云く

  我涅槃の後、無量百歳に四道の聖人悉く復涅槃せん。
  正法滅して後、像法の中に於て当に比丘有るべし。
  像を持律に似せて少かに経を読誦し
  飲食を貧嗜して、其の身を長養し
  袈裟を著すと雖も
  猶お猟師の細めに視て徐に行くが如く
  猫の鼠を伺うが如し。
  常に是の言を唱えん、我羅漢を得たりと。
  外には賢善を現じ、内には貧嫉を懐く。
  唖法を受くる婆羅門等の如し。
  実には沙門に非ずして沙門の像を現じ、
  邪見熾盛にして正法を誹謗せん。

 巳上。


文に就いて世を見るに、誠に以て然なり。
悪侶を誡めざれば、豈に善事を成さん哉。



―解説―

【涅槃経】
正確には「大般涅槃経」。
原始仏典の「涅槃経」(マハーパリ・ニッバーナ・スッタンタ)と、大乗仏典の「涅槃経」がある。

原始仏典「涅槃経」の成立はおよそ西暦300年。
これは、釈迦の晩年から入滅に至る内容を書かれている。
大乗仏典「涅槃経」は、原始仏典「涅槃経」に加筆し、内容を書き換えたもの。
特に後半には「仏性論」という特殊な思想が語られている。

【悪知識】
善知識に対する語で、仏道修行を妨げ、不幸に陥れる者をいう。

【三趣】
地獄・餓鬼・畜生の三悪道のこと。

【諂曲】
権勢にへつらい、自分の意志をまげること。

【阿練若】
人里離れた山寺などの事。

【納衣】
僧衣、袈裟の事。

【空閑】
阿練若と同意で、人里離れた静かな所。

【人間】
人の住む所、世間、俗界。

【白衣】
釈尊在世のインドでは、俗人は白衣を着たので、
僧侶の穢色に対して、在家の信者をこのようにいう。

【六通の羅漢】
六神通をもった阿羅漢。
六神通とは
一に 天眼通といい、なんでも見透せる通力
二に 天耳通といい、なんでも聞ける通力
三に 他心通といい、他人の心を見通す通力
四に 宿命通で自分や衆生の宿命を知る通力
五に 神足通といい、機根に応じて自在に身を現し、思うままに山海を飛行しうる通力
六に 漏尽通で、いっさいの煩悩を断じ尽くす通力をいう。

【婆羅門】
ここでは、バラモン教の聖職者。

【居士】
男の在家信者。

【像法】
像法時の略。
一般に 釈迦滅後 一千年間を正法
次の一千年を像法、以後を末法とする。
像法時は、仏像だけが立ち並んで信仰が無い。

【唖法】
外道であるバラモンの修行の一つで、無音の行。
人に向かってものをいわず、黙りこんでしまうのを至道とする。
邪宗の僧が、姿ばかり飾って説法もできなければ、信者の指導もでぎず
また法門のことを質問されても答えられない様を、
唖法のバラモンに譬えたもの。



― 現代語訳 ―

主人は客を静かに諭していう。

 たしかに貴殿の言われるように
 寺塔は甍をつらね、経蔵も立派であります。
 僧侶もたくさんいて、信者の帰依も変わることなくさかんであります。

 しかし、それはただ 表面的なことであって
 その内実は、僧侶は諂い邪で、人を惑わし
 国王も万民も愚かでその正邪を見分けることができないのです。

 仁王経の嘱累品には、次のように説かれています。

  多くの悪僧たちがいて、自己の名誉や利益を得ようと
  国王や太子や王子などの権力者に近づいて
  正法を破り
  国を滅ぼすような自分勝手な間違った教えを説くであろう。

  その王たちは正邪を見分けることができず
  その言葉を信じ
  正法を護れという仏の戒めに背いて
  勝手な法律や制度を作るであろう。
  これが仏法を破り、国を滅ぼす原因となるのである。


 涅槃経の高貴徳王品には、次のように説かれています。

  菩薩たちよ、悪象などに対して少しも恐れる必要はない。
  だが、悪師に対しては畏れなければならない。
  なぜならば、悪象に踏み殺されても
  地獄・餓鬼・畜生の三つの悪所に落ちることはないけれども
  悪師のために善心を失わされれば
  必ず三悪道に落ちるからである。


 法華経の勧持品には次のように説かれています。

  悪世の僧たちは
  よこしまな智恵と、こびへつらいの心をもち
  まだ覚りを得ないのに覚ったと思い
  たかぶりの心で満たされるであろう。
  彼らは また 人里はなれた静かな場所
  粗末な袈裟を身にまとい
  自分は真の道を修行していると思って
  人びとを見くだすであろう。
  
  利養にとらわれるために、在家の人たちに法を説いて
  六つの超人的な力を具えた聖者のように尊敬されるであろう。
  ―中略ー
  彼らはつねに大衆の中にあって
  私たち正法を弘める者を謗ろうと思い
  国王や大臣や婆羅門(祭祀者)や
  長者や他の僧たちに向かって、私たちの悪行を言いたて
  邪見の人であり、異端の説を説く者であると
  非難するであろう。

  世の中が乱れ濁ってくると、さらに多くの恐ろしいことがあろう。
  悪魔が彼らの身に入って、私たちを罵り辱しめるであろう。

  濁世の悪僧たちは
  仏の方便の教えが
  相手の能力に応じて説かれたことを知らずに
  これに執着して
  真実の教えを弘める私たちを
  眉をひそめて悪口し、しばしば追い出そう
  ・・・とするだろう。


 涅槃経の如来性品にも
 末世の悪僧について次のように説かれています。

  私(仏)の入滅の後、はかりしれない時間を経て、
  四つの悟りの段階に達した聖者たちも
  すべて入滅してしまって世に現われない。

  仏の教えが名実ともに正しく行なわれる時代が過ぎて
  形ばかりの仏法が残る像法の時代にも
  僧と称する者がいるであろう。

  彼らは形だけ戒律を守っているように見せ
  わずかばかり経を読みただ飲み食いに執着
  袈裟はつけているけれども
  猟師が細目に視てそっと獲物に近づくように
  また猫が鼠をうかがうように、世渡りをする。

  そして、いつも自分は
  すべての煩悩を断ち切った阿羅漢の境地に達している
  ・・・と言いふらす。 

  外見は聖者のように装っているけれども
  内面は貧りと嫉みの心で充たされている。

  ちょうど無言の行をして悟り澄ました婆羅門のようだ。

  実は出家でもないのに出家の像をし
  よこしまな考えがさかんで、正法を謗るであろう。


 これらの経文から今の世の中を見ますと
 まさに今の仏教界もこの通りであります。

 悪僧すなわち謗法の人を誡めないで、どうして善いことができましょうか。


(参考資料と現代語訳)
http://park5.wakwak.com/~soka/risshou.htm
http://www.sattva.jp/data/g-list2.html
http://www4.ocn.ne.jp/~sen0001/gosyo02b.html
(関連スレ)
http://society6.2ch.net/test/read.cgi/koumei/1131439444/


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by eco_eco69 | 2007-04-07 16:13 | 立正安国論