以常見我故 而生恣心 放逸著五欲 堕於悪道中 我常知衆生 行道不行道 随応所可度 為説種種法 毎自作是念 以何令衆生 得入無上道 速成就仏身          南無妙法蓮華経 南無妙法蓮華経 南無妙法蓮華経。


by eco_eco69
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カテゴリ:立正安国論( 25 )

http://park5.wakwak.com/~soka/risshou.htm
全文訳乙。

はじめて内容知ったけど、日蓮が主人の口を通して
激しく法然と 念仏衆をコキ下ろすさまは結構笑えるね。
それと多くの経文から引用して
いかに 念仏衆が国家の害悪かを証明するわけだけど、
これは外部の者から見たら念仏衆の 部分を
法華衆に差し替えても別に違和感ないんじゃないかなw


(2005/12/25(日) 15:14:33 by 名無し ID:Cbjp1urG)
http://society6.2ch.net/test/read.cgi/koumei/1131439444/50
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by eco_eco69 | 2008-01-05 23:03 | 立正安国論
立正安国論は、鎌倉時代の
新興宗教を立ち上げたばかり頃の日蓮の
若いころのパフォーマンス
心意気としておいとけばいいのでは?

http://park5.wakwak.com/~soka/risshou.htm
・・・の紹介するサイトでは、
日蓮をボロクソカルト教祖扱いしており 好きではないが
大筋正しいことをいっている気がする。

・・・・で、立正安国論がもたらした龍口法難を境に、
パフォーマンス&布教重視の過激な芸風を改め
まったりと法華経を重視する方向性に変わったような気がするが・・
どーなんだろ。

龍口法難以前にかかれた御書を額面通りに捉えるのって・・・・


(2005/12/21(水) 19:58:29 by イオ@葵講 ◆wr8kfImLno)
http://society6.2ch.net/test/read.cgi/koumei/1131439444/49
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by eco_eco69 | 2007-11-19 20:28 | 立正安国論
ある猿の集団で、一匹の猿が
泥だらけのサツマイモ を 海水で洗った ところ
次々に 他の猿が まねを始め
やがて イモを洗う猿が およそ 100匹を超えた時点で
まったく遠隔地にある別の集団にも
同様の 行動が伝播したという話がある。

この類の話 (同時多発的に無関係な個体が新しいことをはじめる)
「集合意識が各個の意識に影響を及ぼし
 社会の特徴を決定している」

・・・・なーんて考える人もいるわけだが、
人心が荒廃すると、地震や干ばつ、洪水等の災害が頻発し、
 疫病の蔓延と争乱、他国の侵入を招き 国が滅ぶ

・・みたいな説も
集合意識が環境をも変え、それが各個に降りかかって来る
・・・・と いってるような気がする。

宗教者マハリシの考えも
立正安国論とも雰囲気が似ている気がす


(瞑想の生理学・日経サイエンス社)

一生懸命努力しても
社会が狂ってゆく道理は一体どこにあるのだろう。

マハリシは言う。

「社会の責任ある全ての分野に失敗が生ずるのは
 指導者の過失でも国民の責任でも無い。

 国民は教え込まれた考え方、 生き方に従って行動しているに過ぎず
 指導者は国民の集合意識に 駆り立てられ
 真面目に行動しているだけなのである。

 従って誰のせい でもない。
 唯一原因は ある種の無知が 行き渡っているためである。

 さらに、社会の中の個人の意識
 集合意識の全般的な同調度に貢献 しており
 逆に 集合意識個人の意識に影響を及ぼし
 社会を構成して いる。」


(2005/12/12(月) by イオ@葵講 ◆wr8kfImLno)
http://society6.2ch.net/test/read.cgi/koumei/1131439444/41-42
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by eco_eco69 | 2007-10-24 14:57 | 立正安国論
立正安国は 法華経に依る観念論である。

(2005/11/08(火) 19:44:47 by 名無し ID:vJlhS+gC)

(関連スレ)
http://society6.2ch.net/test/read.cgi/koumei/1131439444/
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by eco_eco69 | 2007-10-10 08:12 | 立正安国論
― 安国論副状 ―


文応元年 (1268) 著

真筆:曽存
定本:遺文
原  :漢文



― 【原文】 ―


未だ見参に入らずと雖も、事に触れ書を奉るは常の習に候か。
抑そも正嘉元年[太歳丁巳]八月二十三日戌亥尅大地震 
日蓮諸経を引ひて之を勘ふるに、念仏宗と禅宗等とに御帰依有るの故
日本国中の守護諸大善神恚〈いか〉るに依て起す所の災也。

若し御対治無くんば他国の為に此の国を破らるべき悪瑞之由
勘文一通之を撰し、立正安国論と号し
正元二年[太歳庚申]七月十六日
宿屋入道に付けて故最明寺入道殿に之を進覧せしむ。(後欠)
 



― 【現代語訳】―


そもそも、正嘉元年(1257)
八月二十三日午後九時ごろの大地震について

私(日蓮)が諸経の文に照らし合わせて考えた結果
日本国の上下万民すべてが
念仏宗や禅宗などの間違った教えに帰依しているために
この国を守るべき諸天善神が怒って起こした災難であります。

いまだ御対面の機会を得ないとはいえ
国の存亡に関わる重大事に関して書面を提出するということは
世間のならわしでありましょう。

もしこれら悪法を広める諸宗を根絶しないならば
日本国が外国から攻められ滅びてしまう悪い前兆であることを論じた
一巻の書を撰述し 立正安国論と名つげ
正元二年(文応元年、1260)七月十六日 
宿屋入道光則を通じて
故最明寺入道殿に御覧に供するよう進上したのです。


(参考資料)
http://park5.wakwak.com/~soka/risshou.htm
http://www.sattva.jp/data/g-list2.html

(関連スレ)
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by eco_eco69 | 2007-10-04 06:24 | 立正安国論
― 立正安国論(10) ―


― 原文 ―


客の曰く

 今生後生、誰か慎まざらん、誰か恐れざらん。
 此の経文を披きて具さに仏語を承るに
 誹謗之科至て重く、毀法之罪誠に深し。

 我一仏を信じて諸仏を抛ち、三部経を仰ぎて諸経を閣きしは
 是れ私曲之思ひに非ず、則ち先達之詞に随ひしなり。
 十方の諸人も亦復是の如くなるべし。

 今世には性心を労し、来生には阿鼻に堕せんこと
 文明らかに理詳らかなり、疑ふべからず。

 弥いよ貴公之慈誨を仰ぎ、益愚客之癡心を開き
 速やかに対治を廻らして、早く泰平を致し
 先づ生前を安んじ更に没後を扶けん。




― 現代文 ―


客は言う。

 今生の安穏、後生の成仏を願って、誰が慎まない者がありましょうか?
 誰が恐れない者がありましょうか?
 今 ここに 示された経文によって 具体的に仏の御言葉を承りますと
 仏を謗り、経を謗った謗法の罪が
 いかに重く深いものであるかを知ることができました。

  私が弥陀一仏を信じて諸仏をなげうち
 浄土三部経だけを仰いで諸経を捨てたのは 私一個人の考えではなく
 浄土宗の先師の言葉に隨ったまでであります。
 おそらく世の中のすべての人びともそうでありましょう。

 現世では いたずらに心を痛め
 来世には無間地獄に堕ちるということは
 経文とその道理から明らかであり、疑う余地はまったくありません。

 今後とも貴僧の慈悲あふれる教えを仰いで
 私の愚かな迷いの心を晴らし
 すみやかに謗法の者を根絶し、一日も早く平和を招き
 まず今生を安穏に、そして後に未来の成仏を祈りましょう。



(参考資料)
http://park5.wakwak.com/~soka/risshou.htm
http://www.sattva.jp/data/g-list2.html

(関連スレ)
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by eco_eco69 | 2007-09-20 18:50 | 立正安国論
― 立正安国論(9) 現代文


客は席を下がり、襟を正して次のように言う。

 仏の教えは いろいろと細かく分かれていて
 その真意はたやすくわかりません。
 疑問も多く 道理にかなっているかどうかも
 明らかでありません。

 しかし、法然の選択集の件は、確かな事です。

 この書物では、一切の仏も、経も、菩薩も、神々も
 「捨てよ」「閉じよ」「閣けよ」「抛てよ」の言葉をもって
 すべて排斥しております。
 その文は明確です。

 この誤った教えが信じられているために
 聖人はこの国を去り、国を護るところの善神も国を捨ててしまい
 その結果、天下は飢饉と疫病に苦しんでいるのです。


 今、貴僧が広く経文を引用して道理を示されました。
 おかげで、そのお諭しにより、私の迷いは晴れ、目がさめました。

 要するに、国土が泰平であり、天下が安穏であることは、
 上は天皇から下は万民にいたるまで、
 すべての人びとの好むところであり願い求めるところであります。

 一日も早く一闡提謗法の輩に対する布施を止めて
 謗法の根源を断ち切り
 将来に渡るまで、正法をたもつ僧尼に供養を捧げて智者と仰ぎ
 法然一派を滅ぼし
 念仏の命脈を絶てば、伏羲.神農.唐尭・虞舜の時代のような
 平和な国土が実現されるでありましょう。



主人は喜んでいう。

 それは大変に結構な事です。
 中国の故事に 鳩が鷹となり、雀が蛤となる と いうことがあります。
 貴殿がそのように速やかに心を翻されたことは、
 まことに喜ばしいことであります。

 蘭の室に入れば身体は芳しくなり
 麻の田に入れば 蓬もまっすぐになります。

 貴殿が私の言葉を信じて災難に対処するならば
 世の中は風が和らぎ、波が静かになるように
 必ず穏やかとなり、日ならずして豊年となるでしょう。


 しかし、人の心は時節とともに変わりやすいものであり
 また物の性質は環境によって変化するものです。
 たとえば、ちょうど水に映った月が波によって動き
 戦場で兵士がおびえるようなものです。

 貴殿は今は私の主張を聞いて信じているようですが
 後になると忘れてしまうこともあるでしょう。

 もし心から国土の安泰を願い、現世の安穏を祈り
 未来の成仏を求めるならば、
 すみやかに心を改めて
 謗法の者を折伏し
 絶滅 しなければなりません。


 なぜならば、薬師経の七難のうち、五つの難はすでに起こって
 外国からの侵略国内の戦乱という
 二つの難が残っています。


 いわゆる、「他国侵逼の難」「自界叛逆の難」です。

 大集経にある三つの災いのうち、
 二つの災いはすでに顕われましたが、戦乱の一つがまだ残っています。

 いわゆる「兵革の災」です。

 金光明経に説かれる さまざまな災禍は ほとんど起こりましたが
 「他方怨賊侵掠国内」 と いう災難だけは まだ現われていません
  
 仁王経の七難のうち六難は 今さかんに起こっていますが
 四方の賊が攻めてきて この国を侵す
・・・・と いう難だけは現われていません。

 いわゆる「四方賊来侵国の難也」です。


 そのうえ 前に引用した仁王経の文にも

 国が乱れる時はまず鬼神が暴れる。
 鬼神乱るるが故に万民乱ると。
 悪魔が暴れるから、万民が混乱する


 ・・・と ありました。


 この経文に照らし合わせて
 現在の日本の状況をよく考えてみますと
 まさしく鬼神が力をふるって
 そのために 多くの人びとが 倒れ 死にました。

 このように経典に説かれた、いくつもの難がすでに起こっております。


 ですから、残りの災難も必ず現われるに相違ありません。

 もし 残りの災いである
 内外の戦乱の二難
 選択集の謗法の罪によって
 連続して起こってくるようなことが
 あったならば
 その時は どうされますか!



 世の中をみると
 帝王は国家を基として政治を行ない 天下を治め
 人民は 田畠を耕して 世の中をたもっていきます。

 それなのに外国から攻められて国土を侵略され
 また国内の戦乱によって土地を奪われたならば
 どうして驚かずにいられましょうか?
 どうして騒がずにいられましょうか?

 国が亡び、家を失って
 いったい どこに逃れるところがありましょうか。

 一身の安らかであることを願うならば
 まず 何をおいても
 世の中が穏やかになることを 折らなければなりません。

 ことに、人は誰でも 死後のことを恐れるものです。

 そのために誤って邪教を信じたり
 あるいは謗法の教えを貴んだりしてしまうのです。
 その是非.善悪に迷うことは 悪いことですが
 仏法に帰依しようとする心は まことに尊いことです。

 ゆえに 同じく信心をするなら、邪教を信じてはいけません。

 もし邪教にとらわれる心を改めず
 間違った考えがいつまでも残っているならば
 天寿をまっとうすることなく早くこの世を去り
 死んでのちは 必ず
 無間地獄に堕ちる で ありましょう。


 なぜならば、大集経には
 次のように説かれているからであります。

 国王があって、永い間、布施をなし
 戒律を持ち、智恵を修行しても
 仏法の滅びようとするのを見て、これを護らないならば
 永い間に植えた善根も すべて消えうせてしまうだろう。
 やがて、その王は重い病気にかかり
 死んで後には大地獄に堕ちるであろう。

 王ばかりでなく、夫人も太子も大臣はじめ
 百官も それと同じようになるであろう。


 仁王経嘱累品にも次のように説かれています。

  仏教を破る人には 親孝行の子は生まれない
  親類じゅう仲違いして、天の神も助けてくれない。
  病魔におそわれない日々はなく
  生涯どこへ行っても災難がついてまわり
  死んでからは
  地獄・餓鬼・畜生におちる
であろう。

  たまたま 人間と生まれても
  兵士や奴隷となって
  苦しみを受ける
 であろう。

  響きのように、影のように
  夜、灯の光で字を書いても、灯の消えた後も字は残るように
  現世で犯した 謗法の悪業の罪
  消えないのである。


 法華経第二の巻の譬楡品には、次のように説かれています。

   もし人が
  この経を信じないで 毀るならば
  その人は
  死んだら 地獄に堕ちるわよ!


 また同じく
 法華経第七巻の常不軽菩薩品には、次のように説かれています。

  法華経の行者を迫害した者は
  159億9800万年もの 永い問
  無間地獄にあって
  大いなる苦しみを受ける。


 涅槃経の迦葉品には次のように説かれています。

  善き師を捨てて 正法を聞かず
  悪法に執着するならば、
  その罪によって
  無間地獄の底に沈んで、
  八万四千由旬
  広大な身体いっばいに
  永久的に
  地獄の苦しみを受ける
であろう。



 このように多くの経文を開いてみますと
 謗法の罪が最も重いとされています。

 それにもかかわらず、日本国の人びとがみな、
 正法の家を捨てて邪教謗法の獄に入ってしまうのは
 まことに悲しい事です愚かな事です。

 また日本国中の上下万人が ことごとく
 悪い教えの綱にひかれて
 謗法の網にからまってしまい 脱げ出せずにおります。


 ですから、日本人は
 今生では 迷いの霧に たちこめられ 盲目となって
 無量の災讐受け
 後生では 地獄の焔の底に沈み
 無限の苦悩を受けるのであります。


 まことに憂慮すべき事です。
 まことに苦しい事です。

 貴殿は一刻も早く邪まな信仰を捨てて
 ただちに 
 唯一真実の教えである
 法華経に帰依しなさい


 そうするならば、この世界はそのまま仏の国となります。
 仏の国は決して衰えることはありません。
 十方の世界はそのまま浄土となります。

 浄土は決して破壊されることはありません。
 
 国が衰えることなく、世界が破壊されなければ
 わが身は安全であり、心は平和でありましょう。

 この言葉は真実であります。
 信じなければなりません、崇めなければなりません。


(参考資料)
http://park5.wakwak.com/~soka/risshou.htm
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by eco_eco69 | 2007-07-05 19:22 | 立正安国論
― 立正安国論(9) 原文 ―


客則ち席を避け襟を刷ひて曰く

 仏教斯れ区にして旨趣窮め難く
 不審多端にして理非明らかならず。
 但し 法然聖人の選択 現在也
 諸仏・諸経・諸菩薩・諸天等を以て捨閉閣抛に載す。
 其の文顕然也。

 茲に因って聖人国を去り善神所を捨て
 天下飢渇し世上疫病す。
 今 主人 広く経文を引いて明らかに理非を示す。
 故に 妄執 既に飜り 耳目数朗かなり。

 所詮 国土泰平天下安穏は
 一人より万民に至るまで好む所也、楽ふ所也。
 早く一闡提之施を止め、永く衆の僧尼之供を致し
 仏海の白浪 を収め、法山之緑林 を截らば
 世は 羲農之世 と成り 国は 唐虞之国 と為らん。


主人悦んで曰く

 鳩化して鷹 と為り、雀変じて蛤と為る。
 悦ばしい哉。
 汝蘭室之友に交はり 麻畝之性と成る。

 誠に其の難を顧みて専ら此の言を信ぜば、
 風和らぎ浪静かにして 不日に豊年ならん耳。

 但し、人の心は時に随て移り、物の性は境に依て改まる。
 譬へば 水中之月の波に動き、陳前之軍の剣に靡くが猶し。

 汝当 座に信ずと雖も 後定めて永く忘れん。
 若し先づ国土を安んじて現当を祈らんと欲せば
 速やかに情慮を回らし急いで対治を加へよ。

 所以は何ん。

 薬師経の七難の内五難忽ちに起り二難猶お残せり。
 所以、他国侵逼の難・自界叛逆の難也。

 大集経の三災の内、二災早く顕れ一災未だ起こらず。
 所以、兵革の災なり。

 金光明経の内 種種の災過 一 一 起ると雖も
 他方怨賊侵掠国内、此の災未だ露れず、此の難未だ来たらず。

 仁王経の七難の内、六難今盛んにして一難未だ現れず。
 所以、四方賊来侵国の難也。

 加之、国土乱れん時は先づ鬼神乱る。
 今此の文に就いて具さに事の情を案ずるに
 百鬼早く乱れ万民多く亡ぶ。
 先難是れ明らかなり。

 後災何ぞ疑はん。
 若し残る所之難、悪法之科に依て竝び起り競ひ来らば
 其の時何が為さん哉。

 帝王は国家を基として天下を治め、人臣は田園を領して世上を保つ。
 而るに他方の賊来りて其の国を侵逼し
 自界叛逆して其の地を掠領せば
 豈に驚かざらん哉、豈に騒がざらん哉。
 国を失ひ家を滅せば何れの所に世を遁れん。
 汝須らく一身之安堵を思はば先づ四表之静謐を祈るべき者歟。

 就中、人之世に在るや各後生を恐る。
 是れを以て或は邪経を信じ、或は謗法を貴ぶ。

 各是非に迷ふことを悪むと雖も猶お仏法に帰することを哀れむ。
 何ぞ同じく信心之力を以て妄りに邪義之詞を宗めん哉。
 若し執心飜らず、亦曲意猶お存せば
 早く有為之郷を辞して必ず無間之獄に堕ちなん。

 所以は何ん。大集経に云く

  若し国王有り無量世に於て施戒慧を修すとも
  我法の滅せんを見て捨てて擁護せずんば
  是の如く種うる所の無量の善根悉く皆滅失し
  乃至、其の王久しからずして当に重病に遇い
  寿終之後大地獄に生ずべし。

  王の如く 夫人・太子・大臣・城主・柱師・郡主・宰官も
  亦復是の如くならん。


 仁王経に云く
  
  人、仏教を壊らば復孝子無く
  六親不和にして 天神も 祐(たす)けず
  疾疫悪鬼日に来りて侵害し 災怪首尾し、連禍縦横し
  死して地獄・餓鬼・畜生に入らん。

  若し出でて人と為らば兵奴の果報ならん。
  響きの如く影の如く
  人の夜書するに火は滅すれども字は存するが如く
  三界の果報も亦復是の如し。


 法華経第二に云く

  若し人信ぜずして 此の経を毀謗せば 
  乃至 其の人命終して 阿鼻獄に入らん。


 又 同 第七の巻不軽品に云く

  千劫 阿鼻地獄に於て大苦悩を受く。

 涅槃経に云く

  善友を遠離し正法を聞かずして悪法に住せば
  是の因縁の故に沈没して阿鼻地獄に在りて
  受くる所の身形、縦横八万四千由延ならん。


 広く衆経を披きたるに専ら謗法を重んず。
 悲しい哉、皆正法之門を出でて深く邪法之獄に入る。
 愚かなり矣。

 各悪教之綱に懸かりて鎮えに謗教之網に纒はる。
 此の朦霧之迷ひ、彼の盛焔之底に沈む。

 豈に愁へざらん哉。
 豈に苦しからざらん哉。

 汝早く信仰之寸心を改めて
 速やかに 実乗之一善 に帰せよ。

 然れば則ち三界は皆仏国也。
 仏国其れ衰へん哉。
 十方は悉く宝土也。
 宝土何ぞ壊れん哉。

 国に衰微無く土に破壊無くんば
 身は是れ安全にして、心は是れ禅定ならん。

 此の詞此の言信ずべく崇むべし矣。



― 解説 ―

【現在也】
現に在りということで、明かであるとの意。

【妄執】
迷妄な執着。
これまで、ただ盲目的に念仏宗がありがたいと思って信仰してきたこと。

【仏海の白浪】
ここでは、法然および浄土宗の僧等、諸宗派の者。

【法山の緑林】
これも、法然および浄土宗の僧等、諸宗派の者をさす言葉。

【羲農の世】
中国上古、伝説時代の至徳の聖王とされる伏羲
神農の世を、併称して羲農の世という。
この時代は、天子である伏羲、神農の徳がよく万民に徹底し
人びとは安穏に生活に打ち込むことができたばかりでなく
災害も起こらず、理想的な時代であったとされる。

【唐虞】
唐堯、及び虞舜のことで、中国上古の伝説時代の王。
日月星辰の運行をもとに暦を作り
大洪水を治め、大いに善政を施した。 

【鳩化して鷹と為り】
鳩と鷹、雀と蛤の譬えは、
ともに物が大きく変化することをあらわしたもので、
出典は礼記の月令篇にあり、中国古代の説話と思われる。
ここでは、客がこれまでの謗法の執着を捨てて
主人の正しい教えに従うようになった、
その変化を指摘したのである。

【蘭室の友】
高徳の人の意。香りの高い蘭の花のある室にいると
その香りが身休にしみてくることから
高徳の人と交わって感化されること。

【麻畝の性】
麻畝とは麻畑のこと。
蓬のように、真っ直ぐに伸びない草でも、麻畑に生えると
まわりの麻に支えられて、真っ直ぐに伸びる。
このことから、邪法を信じて誤った考え方に陥っていた者が、
正しい仏法を信じ、
すぐれた思想をもっている人と交わっていると
感化されて正しい仏法、思想を持つようになることを譬えたもの。

【其の難を顧みて】
「邪宗による数々の災難をふりかえってみて」の意。

【不日】
日ならずして、すみやかに。

【物の性は、境に依りて改まる】
物の性質はその置かれた環境、客観的条件によって変わる、との意。
ここでは、客がいまは主人の言葉に心服しているが
やがて時がたち、あるいは謗法の者のなかに戻っていくと、再び邪義に染まって
いまの正義を忘れてしまうであろう、と心配している。
 
【六親】
父、母、兄、弟、妻、子。

【天神
天、竜、夜叉、乾闥姿、阿修羅、迦楼羅、緊那羅、摩羅伽の、いわゆる八部衆をさす。

【千劫】
「一劫」とは、「千五百九十九万八千年」。千劫はその千倍で、とてつもない長い間の比喩。

【実乗の一善】
実乗とは、実大乗すなわち法華経。



(参考資料)
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by eco_eco69 | 2007-07-04 20:13 | 立正安国論
― 立正安国論(8) ―


― 原文 ―

客の曰く 

 若し謗法之輩を断じ若し仏禁之違を絶せんには
 彼の経文の如く斬罪に行うべき歟。
 若し然らば殺害相加へ罪業何んが為さん哉。

 則ち大集経に云く 

  頭を剃り袈裟を著せば持戒、
  及び毀戒天人彼を供養すべし。
  則ち為我を供養するなり。

  彼は是れ我が子なり。
  若し彼を・過打すること有れば則ち為我が子を打つなり。
  若し彼を罵辱せば則ち為我を毀辱することなり。

 料り知んぬ 善悪を論ぜず、
 是非を択ぶこと無く僧侶に為らんに於ては供養を展ぶべし。
 何ぞ其の子を打辱して忝なくも其の父を悲哀せしめん。
 彼の竹杖之目連尊者を害せし也、永く無間之底に沈み
 提婆達多之蓮華比丘尼を殺せし也、久しく阿鼻の焔に咽ぶ。
 先証斯れ明らかなり。後昆最も恐れあり。
 謗法を誡むるに似て既に禁言を破す。
 此の事信じ難し、如何が意得ん。


主人の曰く 

 客明らかに経文を見て猶お斯の言を成す。
 心之及ばざる歟。 理之通ぜざる歟。
 全く仏子を禁むるに非ず。唯偏に謗法を悪む也。
 夫れ釈迦之以前の仏教は
 其の罪を斬ると雖も、能仁以後の経説は則ち其の施を止む。
 然れば則ち四海万邦、一切の四衆、其の悪に施さず。
 皆此の善に帰せば何なる難か竝び起り
 何なる災か競ひ来たらん矣。

 


― 現代文 ―

客はいう。

 もし仏が崇めている謗法の者を絶滅しようとするには、
 涅槃経に説かれているとおりに
 首を切ってしまわなければならないのでしょうか。

 もしそうならば
 殺害は殺害を生み、罪業を重ねるばかりではないでしょうか。
 なぜならば大集経の法滅尽品には、
 仏は次のように説かれているではありませんか。

  頭を剃って袈裟をつけていれば、戒律を持っていようといまいと、
  諸天と人間とは彼に供養しなければならない。
  彼に供養することは私を供養することになる。
  なぜならば彼は私の子であるからだ。
  もし彼を打つならば、それは私の子を打つことになる。
  もし彼を辱しめることは、それは私を辱しめることになる


 これらの経文によれば
 是非・善悪を論ぜず持戒・破戒にかかわりなく
 僧であれはすべて供養を捧げなければならないのです。
 仏弟子を打ち辱しめて、
 その父である仏を悲しませてよいでありましょうか。

 昔、竹杖外道が目連尊者を殺したために
 無間地獄の底に沈んだことや

 提婆達多が蓮華比丘尼を殺して
 無間地獄の焔に焼かれたこ
とは
 明らかな先例であり、証拠であります。
 後世の私たちがもっとも恐れなければならないことであります。

 涅槃経の説示は謗法を禁めるようではありますが
 大集経の仏の禁を破るものではないでしょうか。

 ですから 謗法者の命を奪う というようなことは
 とても信じがたいことであります。
 いったい これを、どのように心得たらよろしいのでしょうか。


主人は答えていう。

 貴殿は 謗法を禁ずる 涅槃経の 明らかな文を見ながら
 まだ そのような疑問を抱いているのですか?

 私の意図が 貴殿に
 十分、届かないのでしょうか?


 それとも

 明らかな
 道理が通じない のでしょうか?


 この経文の意味するものは、仏弟子を禁めるというのではなく
 謗法の罪を責め、除こうというのであります。

 そもそも謗法を禁断する方法として、昔の釈尊の事蹟を語るときは、
 仙予王や有徳王として
 謗法者の命を断ったこと を 説きましたけれども

 今の釈尊が教えるのは
 謗法者に対して
 布施をしてはならない

 ・・・・と いうことであります。

 そうでありますから
 ただちに、日本じゅうの人びとが謗法の悪に対する
 布施を止める事が重要なのです。

 日本じゅうの人びとが、みな、正法に帰依したならば
 どのような難も起こることはありませんし
 どのような災いも起こることはありません。


(参考資料)
http://park5.wakwak.com/~soka/risshou.htm
http://www.sattva.jp/data/g-list2.html

(関連スレ)
http://society6.2ch.net/test/read.cgi/koumei/1131439444/


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by eco_eco69 | 2007-07-02 16:51 | 立正安国論
http://smw69.exblog.jp/5707053

ははは。それでも良いではないですか。
独我論にならなければね。

立正安国論は一回全文を載っけたほうがよいのでしょうね。。。

要は唯物論者と観念論者が組まなければ
人間社会そのものが荒廃するという事です。

ですが、私の希望は観念論者を選びたい。
しかし、現実の世の中、観念論だけでは生活して行けないのが現状です。

ですから、観念論者同志お互い戦争をしていてはダメだという事です。
お互いの教義を理解し研鑽し、極唯物論者と対話して行かなければ、
バランスが崩れてしまう。

現代のストレス社会の中絶対に観念論者は必要です。
みんな心が病んでいるし疲れている。

さて。。。立正安国論の全文を探しに行ってきます。


(2005/11/08(火) by エス村◇牙城会◇ ◆dms43gQEPg )
http://society6.2ch.net/test/read.cgi/koumei/1131439444/3-5
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by eco_eco69 | 2007-06-30 20:08 | 立正安国論