以常見我故 而生恣心 放逸著五欲 堕於悪道中 我常知衆生 行道不行道 随応所可度 為説種種法 毎自作是念 以何令衆生 得入無上道 速成就仏身          南無妙法蓮華経 南無妙法蓮華経 南無妙法蓮華経。


by eco_eco69
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カテゴリ:資料( 6 )

立宗の日(4月28日)に因みまして考えますことは
 “日蓮大聖人は、いったい
 何をこの世にお弘めようとなされたのか?”

・・・と言う一点であります。

それは端的に申し上げれば「本尊」であります。
根本として尊敬すべきものとしての「本尊」であります。

人は
 “根元に迷えば、枝葉にも迷い
  根元に迷いが無ければ 枝葉末節の迷いも
  おのずから消えていくものである。

故に
 “一番 大事な 根元の処のもの”
・・・を一切衆生に与え 弘められたのであります。

では、その“本尊の内容”とは何か?

それに関しては御書の中において
 「自分は幼少の頃、清澄寺で虚空蔵菩薩に対して
    日本一の智者になしたまえ
  ・・・・・・・と祈って、大智慧を給わった。」

・・・と言う意味の事を述べられておりますが
晩年において、その具体的な内容を
第二祖日興上人に示しております。

即ち「御本尊七箇の相承」の中に

 明星直見の本尊の事 如何【いかん】。
 師の日はく末代の凡夫、幼稚の為めに
 何物を以って【もって】本尊とす可きと虚空蔵に御祈請ありし時
 古僧示して言はく・・・・・
  “汝等が身を以って本尊と為す可し”
 明星の池を見給えばとの玉へば、即ち彼の池を見るに不思議なり。
  “日蓮が影、今の大曼荼羅なり”

 (堀日亨編纂 「富士宗学要集 第1巻 相伝・信条部」 P.32~33) 

・・・と言うのがソレであります。

これにつきまして、あえて誤解を恐れずに申し上げれば
 “汝等が身を以って本尊と為す可し”
・・・とあるとおり
 人間の生命を持って本尊とせよ”
・・・とのことでありまして、一切の根本は
 生命 それ自体
・・・・である。
根本として大切にして尊敬を払っていくべきものは、まさに・・・・・
 人間生命そのものである”
・・・・と言う哲理であり、思想なわけであります。

では、そう、断言できる道理の根拠は何か?
それは同じく同抄の中にこのように申されております。

 日蓮と御判を置き給ふ事如何(三世印判 日蓮躰具【ていぐ】)
 師の日はく
 首題も 釈迦多宝も上行無辺行等も普賢文殊等も舎利弗迦葉等も
 梵釈四天日月等も鬼子母神十羅刹女も天照大神も
  “悉く【ことごとく】日蓮なり と申す心なり”
 之に付いて受持法華本門の四部の衆を
 悉聖人【しちしょうにん】の化身・・・と思ふ可きか
 師の日はく
 法界の五大は一身の五大なり 一箇の五大は法界なり
 法界即日蓮日蓮即法界なり

 当位 即 妙法不改無作本仏の当躰蓮華【とうたいれんげ】
 因果同時の妙法蓮華経の色心直達【しきしんじきだつ】の観
 心法妙の振舞【ふるまい】なり 云々

 (堀日亨編纂 「富士宗学要集 第1巻 相伝・信条部」 P.32)

・・・・・と

即ち、日蓮大聖人が仰せられるには
 “宇宙法界の全要素”
・・・・・と
 “日蓮と言う1個の生命体の全要素”
・・・・・とは
 “まったく同じ”
・・・・である

日蓮の振る舞いと言うものは
 “人工的な作為を超えたところの
 自然奥深い因果に基づいた 心法妙の振る舞い

・・・・・なのであり それ故に
 この 生命本尊 として大切に出来るのである。”
・・・・・と、言う意味の事を述べておられるのであります。

私どもは、この御教示において“生命の尊厳”の原点を見出し
改めて“人間とは何か?”と言う事を問い直し
この20世紀において新しき人間の復権を目指して
“庶民と地域に根ざした斬新なる文化諸活動
展開している訳で有ります。

今日のコノ文化祭も、その一つの昇華【しょうか】であります。

(つづく)
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by eco_eco69 | 2007-11-18 08:57 | 資料
以上のように申しあげますと、一つ疑問が出て来るかも知れません
それは・・・・・

 “原理上 確かにそうであろうが、現実問題としてみるならば
  同じく 一個の生命体 と言っても
   日蓮大聖人は悟っておられる 我々は毎日迷っている
  従って 両者の間には
   埋め尽くせない、超えがたい断層が存在している
  ・・・のではないか?”


・・・と言う事であります。

だが、この疑問に対しては日寛上人が「寿量品談義」の中において
まこと鮮やかに回答を与えられているのであります。
即ち・・・・・

 “仏果を成ずる事は因行による
  因行に励む事は信心による
  信心を進めることは法を聞くよるなり
  聞かずんば信心生せず
  信心 生せずば修行を怠る

  修行を怠れば未来何になる処に生るべしや

  仍て【しきりて】歩を運んで聴聞肝要なり
  聞く裏に信心生ず、其の間が仏なり

  一念 信心を生ずれば 一念の仏
  二念 信心生ずれば  二念の仏即乃至
  一時 信心を生ずれば 一時の仏なり

  一日 信を生ずれば  一日の仏なり乃至云々・・・

  信心生ずること必ず聞くに由るなり
  たとひ信心を生ぜざる族ありとも

  聞きさへすれば功徳無量なり”
  (堀日亨編纂 「富士宗学要集 第10巻 疏釈部(2)」 資料がないので確認が出来ず不明)

・・・・・と 先ほどの疑問は
この日寛上人のお話によってお考えいただければ
道理の上から おわかりいただけるかと思います


つまり大聖人と私ども凡夫と言う両者の間には
 “法を聞くこと、信心と言う橋を架ける事”
・・・によって
 “立派に往来できる”
・・・と、日寛上人は教えておられるのです。

「一念 信心を生ずれば 一念の仏」で あるならば
願わくは、一生信心を貫いて、生涯の仏たらんことを願いきって
この世に生きること、それ自体が、楽しくて楽しくてたまらない
www**ww*w\(~▽~@)/♪♪♪ ~∞**www***w

・・・と言うような人生を
生ききって参りたいと思いますが 皆さん如何でしょうか?

1974年(昭和49年)4月28日
金沢市 石川産業展示館にて開催された「北陸広布20年記念総会」での指導より



(関連スレ)
大石寺の板曼荼羅は本物か
http://life8.2ch.net/test/read.cgi/psy/1169849897/
【仏罰】本尊焼いてうpしました 53【落ちない】
http://society6.2ch.net/test/read.cgi/koumei/1192008866/
XXXXX ニセ本尊を糾弾する7 XXXXX
http://society6.2ch.net/test/read.cgi/koumei/1169889503/
【日寛上人】曼荼羅について考える【改竄】
http://yy48.60.kg/test/read.cgi/yukanseikyo/1170515084/


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by eco_eco69 | 2007-11-18 08:49 | 資料
本日は新世紀を開き行く ≪全国青年部幹部会≫
・・・・・ そして 『全国学生部幹部会』
本当におめでとう!

未来部の皆さんもご苦労様です。


私と青年部の魂の間には、何の夾雑物も無い
一対一で結ばれている。

私は青年を信ずる
一点の曇りもなく 我が弟子を信じている。

青年には、限りない がある。
それは 誠実だ!正義だ!勇気だ!

青年には、誇り高き使命 がある。
それは 行動だ!前進だ!勝利だ!

どうか 君たちよ!!
あなた達よ!!

青春の生命の本領 を大いに発揮し
私と共に
広宣流布の新時代を
断固として勝ち飾ろうではないか!!



私は19歳で 自ら願って
戸田先生の弟子となった!


この方こそ!
人類の平和と幸福の道を開かれてゆく 大指導者であられる
世界一の大師匠であられる

・・・・・・・ そう心に定めた。

未だかってない宗教革命の道である
正義の中の正義である

法華経の行者に仕えれば悪口罵詈もある
猶多怨嫉の大難もある
三類の強敵の迫害もある

御聖訓には

仏になる道は必ず身命をすつるほどの事ありてこそ
仏にはなり候らめと・をしはからう

( 佐渡御勘気抄 堀日亨 編纂 新偏御書 P.891 )

・・・・・と、御本仏の仰せのままに
創価の師弟は あらゆる悪戦苦闘を突き抜けた

師と愛弟子の2人きりの死闘だった。

阿修羅となって
一心不乱に戦い抜いた
あの 一日 一日 が すべて
今の血となり 肉となった


嵐の中に厳として凱歌が轟いた!


私は恩師のもとで
若き広宣流布の巌窟王として戦いきった青春を
三世永遠の誉れ・・・と感謝してやまない


草創の ある日ある時・・・・・
20人ほどの青年の集いに、恩師は望まれた

戸田先生は厳然と
広宣流布は私がやる!
・・・と、叫ばれた

そして・・・

「君たちも一人ずつ言いたまえ!!」

・・・・と 強く促され

全員が一人ずつ
「広宣流布は私がやります」・・・と 口にしていった。

中には臆病な目弱々しい声の青年もいた

先生は その青年達の実像
じっと御覧になっておられた。


私は立った・・・・

「先生!! 広宣流布は
必ず 私の手で 成し遂げます!!」
全生命からのお誓い を 申し上げた。


私には“戸田先生しか”なかった

他の弟子がどうであれ
先輩がどうであれ
そんな事は まったく 関係なかった


師匠との出会いより60年・・・・・・・
生死を越えて師弟不二で戦い続け

世界広布の基盤
私は磐石に完成させた


仏法は 観念でもない、抽象論でもない
行動であり 
結果である


師匠に弟子が勝利を誓う
そして必ず勝つ!!


この“誓願”と“勝利”に こそ
大仏法の血脈は流れ通うのだ!!


だからこそ 私は「初代から2代へ2代から3代へ」と・・・・・・・・

命を賭して受け継いできた
「広宣流布の血脈」を今!!

青年部の君たちに託したい



初代、牧口常三郎先生と3代の私には、何歳の年齢差があるか?
それは57歳である

そして、この私と同じ年齢の差がある世代こそ 
今の青年部、学生部の君たちの世代である。


3代から、我が真性の弟子である21世紀の青年部へ

厳粛な師弟の相伝の時代
既に入っていることを
聡明なる君たちは、深く
また深く自覚し
自負していって いただきたい



蓮祖は、若き南条時光に宛てた手紙で叫ばれた!!

※ 願わくは我が弟子等・大願を をこせ・・・
[ 上野殿御返事 (弘安2年御作) 堀日亨 編纂 新偏御書 P.1561]

我が青年よ!若き弟子達よ!
私と同じ心で
今こそ大願を起こせ!!

人類の希望である
広宣流布の全責任を受け継ぐのは
君たちである!


我が青年部の健康と大活躍
そして勝利と栄光を心から祈っております。

親孝行を忘れずに!

職場で!大学で!地域で社会で・・・
そして世界で
堂々と信頼の旗を打ちたてよ!!


断固として
勝ち抜け!!

(2007年10月21日朝 富士を仰ぎつつ 池田大作) 


せいきょう夕刊より この御書について

このお手紙を認めた背景には
富士郡下方荘熱原郷にて法難が起きており
この事を鑑みると
南条家の近隣で起きた法難でもあるので
鎌倉幕府に捉われの身になってしまった 神四郎、弥五朗、弥六郎を含め
熱原地域の在家信者たちにも 大願を叫ばれたものと判断する
尚、この御書では、追申と言う形で 下記の文章で結んでいる

此れは あつわら の事のありがたさに申す返事なり
[ 上野殿御返事 (弘安2年御作) 堀日亨 編纂 新偏御書 P.1561]


【熱原の法難】

富士郡下方荘熱原郷(現在の富士宮市)にて 起きた
在家信者の弾圧事件

その中でも神四郎、弥五朗、弥六郎は熱心な信者で
幕府の弾圧にも屈しなかった為
残念ながら首を撥ねられ処刑されてしまった
尚、この時、大聖人の弟子であった大進房と三味房が
反旗を翻している

またこの事により 機が熟したと判断され
弘安2年10月12日に
一閻浮代総与三大秘宝の大御本尊が御図顕あそばされた


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by eco_eco69 | 2007-10-30 14:46 | 資料

青島幸男氏への鎮魂

『宝石』1月号で、青島幸男・池田大作の対談記事。より


青島幸男:
「一夫一婦制の問題ですけれども
私はやはり 男性というものは 本来の生理からいっても
どうしても 一夫一婦制の枠内に入りきれない場合ができてくる

・・・と思うんです。
そういう行為をお認めになりますか?」

池田大作:
「法律的にいうと 日本は一夫一婦制に 定められているから よくない。

青島幸男: 
「いや法律では決まっておりませんよ。
 一般道徳として、いちおう 一夫一婦制みたいになっておりますけど
 戦前の姦通罪みたいなものは ありませんね。


池田大作: 
「いや一夫多妻の東南アジアと同じではいけない
 ・・・という意味です。
 ぼくがいうのは、法律的届けの問題は一夫一婦制になっている、
 ・・・ということ。ただし、ただしですよ、
 もし、それだけの理由と力があって
 しかも 誰にも迷惑をかけないという場合には
 一夫一婦制の枠外の行為でも、私は男性として認めます。

        
青島幸男 
「認める、これはいい、これはいいですね。
 財力があって、力があって 、女の人も傷つけない、
 社会にも何ら迷惑を及ぼさない場合は
 おかみさん以外の女と関係をもっても、これは認めるべきである
 ・・・・というお考えですね?
        
池田大作 
「そう。男性としてそう思いますね。(中略)
        
青島幸男 
「向こうの女の人を望んで、かまわないから、ということだったら、
 いっこうに差しつかえないということですね。
        
池田大作
一般の人間社会として、誰も束縛できないことだと私は思います。
それは、べつに教義に書いてあるわけじゃないですけどもね。」
        
青島幸男
「それは、むろんそうでしょう。
 教義に書いてあるわけじゃないでしょうね。」
        
池田大作 
「それはなにも公の会の席上で言う必要はないわけだ。
 ただ人間は、だれだってそういう本性はあるだろう
 それをいちいち、そういうことしちゃいけないとか、
 していいとかは、別問題だ。あくまでも個人の問題だ
 ・・・・ということですね。
 けっして奨励するわけではない。身を滅ぼしてはいけ ない。
        
青島幸男 
「それは自由でいいな。 」
        
池田大作 
「それは自由ですよ。」


(2007/1/26)
http://society6.2ch.net/test/read.cgi/koumei/1165985678/
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by eco_eco69 | 2007-10-24 17:25 | 資料
寿量品に 三妙合論 の説があります。

三妙とは本因の妙 本果の妙 本国土の妙で、あります。
文上において (この場合は法華経を鵜呑みにする読み方)
寿量品の上から見ますと 「我実成仏已来」本果の妙であります。
(我実成仏已来:我、実に成仏してより已来=つまり 私は遥か昔に成仏している )

しかも 「仏は浄土のみいらして 娑婆世界には おられない
・・・と 言うのが 法華経以前の学説であります。

しかし寿量品には、「娑婆世界」と言う
本国土妙 が 説かれております。


それは仏が 娑婆世界に 凡夫と共に、菩薩と共に
また声聞縁覚と共に 或いは 畜生、餓鬼などと共に
みな一緒に 十界 おのおの 同居しております。


この不思議さを 本国土の妙 と、言います。
仏の本国 と言うものは、娑婆世界である。と言うのであります。

しかも、その仏の境涯を得るのは 本因 があり
それが 「我本行菩薩道」 ・・・と言うところであります。
(我本行菩薩道:我れ本、菩薩の道を行じて…
 所謂、私は菩薩の修行をして感じ、それを導く事)


「我実成仏已来」 これは、仏の本体 で あります。

即ち、文低 (この場合は 「御儀口伝」による法華経に対する日連大聖人の解釈) より
これを論じますと 御本尊に当たります。

これを 文上においては
“五百千万億 那由陀阿僧祇の三千大千世界” が あって
 コレを磨り潰して粉として… 」

(大雑把に言えば 「遥か昔から」 と言う意味 個人的には「時間」と解釈した)
・・・という処が、御本尊の境智を仰っているのであります。

即ち 文低からコレを論じて参りますと
大宇宙、即、御本尊であり
南無妙法蓮華経の生命 と言うものは、「我実成仏已来」
 ↓ ↓ ↓ ↓ ↓ 
我れ 仏を得て この方
仏になって より この方、「大宇宙と共にある」

・・・・と、読むのが 文低 で あります。

しかも
「娑婆国土以外には、本当の仏は いらっしゃらないのであります。

娑婆に仏がおられなかったならば、そんな仏は
「迹仏」
(譬えると「腐っても鯛」 で あり
「権仏」
(この場合は「武器」と言う見方もある)で あります。

娑婆世界 に おられる 仏 こそ、真実の仏 で あります。

その 仏 に なるには、みな 菩薩の道を行じたのであります。
「我本行菩薩道」であります。


しかし、これを文低より論じて行くところに
「本果妙の“釈尊の仏法”」と「本因妙の“教主釈尊”」 との 相違
はっきりしてくるのであります。
・・・と言うのは
文上から このまま眺めても、「我実成仏已来」と言う事は、即ち
御本尊本体 で あります。

ですから
この「御本尊本体」 を 「本体」として 釈尊が姿を現じております。
ですから、「本果の世界」 を 現しているのであります。

ところが 日連大聖人になりますと
仏自体の立派な姿 を 現じられない のです。

即ち 仏になる本因 を 論じ 仏になる本因 を 行ずる ので あります。
ですから 「本因妙の仏」 と 言う以外に ないのであります。

大聖人が 生まれながらにして「御本尊の体」 を 現し
「御本尊の行」 を 行じられたならば
それは“菩薩道では なくなる”ので あります。

菩薩道と言うのは、菩提薩捶【ぼだいさった】と申しまして
「仏になる道を行ずる」のを言うのであります。

御書の何処を拝読いたしましても
「我れ仏になって、霊山で お前等を救ってやる」とか
「私はこれだけの難を忍んだので、私は、そのうち 仏になるだろう」
・・・と 書いては いないのであります。

日連大聖人の御行動は、本地内証の位においては 仏でいらせても
行ずるところは、菩薩であります。

その菩薩を一括して 即ち、文上でいえば
五十二段の本因初住の文低にあたる処の「南無妙法蓮華経」という
仏、本体 を 信じて 我々は 仏になる ので ありますから
大聖人の仏法は 本因の妙 なのであります。

故に 大聖人を「本因の仏」と称し
寿量文上の仏を持って「本果の仏」と称し
ここに「本因妙」と「本果妙」の区別があるのであります。



「三妙合論について」 
―和光社刊 戸田城聖講述:日連正宗 方便品、寿量品講義
  P.177~179
  (1958年1月1日:創価学会本部にて)

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by eco_eco69 | 2007-06-12 18:06 | 資料
- 池田大作死後の座談会  聖教新聞予定稿 -


佐藤 ところで池田とか言う権力亡者が死んだが。

秋谷 全く見苦しい最期だった。
    不摂生と堕落した生活でブクブクに太った体は
    全身チューブだらけ、
    心臓病の苦しみの形相は、まさに堕地獄としか例えようがない。

森田 思い出すだけでもおぞましい。
    あんな男が3代会長を務めていたのだからペテンだ。

秋谷 我々を騙し、脅し、支配し続けた極悪人だ。

佐藤 自ら本尊を模写していたところ、倒れたと聞いたが。

秋谷 悪魔に魅入られたとしか思えない所行だ。

森田 まさに仏罰てきめんだ。(笑)

秋谷 自分の神格化の為に「3代会長」などと言う
    ふざけた会則を作ると言いだした時には まいったものだ。

森田 そんな無茶苦茶な規定はいつ廃棄しても当然だ。

佐藤 あいつは本当にたちの悪い悪党でした。
    息子の博正も悪い素行の噂を聞くが。

秋谷 全くどうしようもないお坊ちゃまだ。(笑)

森田 甘やかされて育った人間の性根なんてそんなものだろう。
    池田は自分の子供の 教育さえ、まともに出来なかった。

佐藤 あの女狂い、金狂いがまともな教育を出来るはずがない。
    世襲などとんでもない。

秋谷 池田の個人的勲章コレクションのために、
    どれほどの貴重な学会のお金が使われたか。

森田 あのふざけた豚野郎の死体を肥料代わりに売れば
    多少は弁償出来るのではないか(笑)

秋谷 それは豚に対して失礼な話だ(笑)


~ ずる賢い畜生 修羅場を教える永遠の指導者?? ~


秋谷 先頃死んだ池田だが
    実はあいつは一度も折伏なんてしたことが無い

森田 自分の親兄弟ですら出来なかったのは有名な話だ

佐藤 それを聖教新聞では『折伏の王者』か。聞いてあきれるな

秋谷 そのくせ他人の成果を自分の物にするのは得意ときた

森田 本当にずる賢い盗人だった。
    小心者で無教養だから下にハッパを かけることぐらいしかできない

佐藤 折伏どころか勤行や新聞啓蒙すらしなかったと聞く

森田 大きな会合なんかで
    たまに題目を上げれば発音が滅茶苦茶だ。
    自分で正しい発音でなければ功徳は無いと指導しながらだ

秋谷 周囲は誰もそれについて意見できない
    させないと言ったものだった
    正に古代中国の故事『鹿をもって馬となす』と同じだ

佐藤 まったく馬鹿はあいつ一人で充分だ(大笑い)

秋谷 私も不本意ながら戸田先生から戴いた『城栄』を改名するよう
    強要 されたことがある。
    猜疑心の塊のような男だった

森田 今後も手段を選ばず成り上がって数々の悪事を働いてきた
    自称 『永遠の指導者』を永遠に語り継いでいこうではないか。


~血も涙もない鬼畜の僻み根性~


佐藤 池田は会長になる前は金貸しの営業部長だったらしいが

秋谷 経営の苦しい店舗に金を貸し少しでも返済が滞ると
    担保にしていた土地を取り上げてしまう

森田 債務者の寝たきりの老人から布団を取り上げたこともある

秋谷 本当に血も涙も情も無い、
    あるのは人一倍の権力欲と金欲、性欲と猜疑心だ。
    ろくな物を持ち合わせていない(笑い)

佐藤 そんな奴が長らく学会を牛耳ってきた。学会暗黒の時代だった

森田 教養も全く無かった。
    短大中退でその短大から論文を出す事で 卒業扱いにしてもらった。
    その論文も代作。名前と一緒だ(爆笑)

秋谷 数々の著作も全て代作。
    たまに自作の詩を載せろと無理を言う 事もあったな。
    教養のかけらの全く無いしろものだった

佐藤 そのくせ外面は文学者で通したがっていた。無理があったが…

森田 学歴コンプからか周りの人間をよく馬鹿にしていた。

秋谷 イラク戦争の時なんて開戦直前に公明党の議員に
    イラクではなくイランを訪問しろと指令したのには本当に驚いた

森田 末端会員は馬鹿だから区別はつかないだろうと言っていた

佐藤 自分が馬鹿だから他人も同じ位の物とでも考えたのか

秋谷 全くどうしようもないバカの上にバカのつく奴だった。


※ あくまでもフィクションです。
http://society5.2ch.net/test/read.cgi/koumei/1166890258/
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by eco_eco69 | 2007-01-30 05:05 | 資料