以常見我故 而生恣心 放逸著五欲 堕於悪道中 我常知衆生 行道不行道 随応所可度 為説種種法 毎自作是念 以何令衆生 得入無上道 速成就仏身          南無妙法蓮華経 南無妙法蓮華経 南無妙法蓮華経。


by eco_eco69
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<   2007年 11月 ( 10 )   > この月の画像一覧

立正安国論は、鎌倉時代の
新興宗教を立ち上げたばかり頃の日蓮の
若いころのパフォーマンス
心意気としておいとけばいいのでは?

http://park5.wakwak.com/~soka/risshou.htm
・・・の紹介するサイトでは、
日蓮をボロクソカルト教祖扱いしており 好きではないが
大筋正しいことをいっている気がする。

・・・・で、立正安国論がもたらした龍口法難を境に、
パフォーマンス&布教重視の過激な芸風を改め
まったりと法華経を重視する方向性に変わったような気がするが・・
どーなんだろ。

龍口法難以前にかかれた御書を額面通りに捉えるのって・・・・


(2005/12/21(水) 19:58:29 by イオ@葵講 ◆wr8kfImLno)
http://society6.2ch.net/test/read.cgi/koumei/1131439444/49
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by eco_eco69 | 2007-11-19 20:28 | 立正安国論
立宗の日(4月28日)に因みまして考えますことは
 “日蓮大聖人は、いったい
 何をこの世にお弘めようとなされたのか?”

・・・と言う一点であります。

それは端的に申し上げれば「本尊」であります。
根本として尊敬すべきものとしての「本尊」であります。

人は
 “根元に迷えば、枝葉にも迷い
  根元に迷いが無ければ 枝葉末節の迷いも
  おのずから消えていくものである。

故に
 “一番 大事な 根元の処のもの”
・・・を一切衆生に与え 弘められたのであります。

では、その“本尊の内容”とは何か?

それに関しては御書の中において
 「自分は幼少の頃、清澄寺で虚空蔵菩薩に対して
    日本一の智者になしたまえ
  ・・・・・・・と祈って、大智慧を給わった。」

・・・と言う意味の事を述べられておりますが
晩年において、その具体的な内容を
第二祖日興上人に示しております。

即ち「御本尊七箇の相承」の中に

 明星直見の本尊の事 如何【いかん】。
 師の日はく末代の凡夫、幼稚の為めに
 何物を以って【もって】本尊とす可きと虚空蔵に御祈請ありし時
 古僧示して言はく・・・・・
  “汝等が身を以って本尊と為す可し”
 明星の池を見給えばとの玉へば、即ち彼の池を見るに不思議なり。
  “日蓮が影、今の大曼荼羅なり”

 (堀日亨編纂 「富士宗学要集 第1巻 相伝・信条部」 P.32~33) 

・・・と言うのがソレであります。

これにつきまして、あえて誤解を恐れずに申し上げれば
 “汝等が身を以って本尊と為す可し”
・・・とあるとおり
 人間の生命を持って本尊とせよ”
・・・とのことでありまして、一切の根本は
 生命 それ自体
・・・・である。
根本として大切にして尊敬を払っていくべきものは、まさに・・・・・
 人間生命そのものである”
・・・・と言う哲理であり、思想なわけであります。

では、そう、断言できる道理の根拠は何か?
それは同じく同抄の中にこのように申されております。

 日蓮と御判を置き給ふ事如何(三世印判 日蓮躰具【ていぐ】)
 師の日はく
 首題も 釈迦多宝も上行無辺行等も普賢文殊等も舎利弗迦葉等も
 梵釈四天日月等も鬼子母神十羅刹女も天照大神も
  “悉く【ことごとく】日蓮なり と申す心なり”
 之に付いて受持法華本門の四部の衆を
 悉聖人【しちしょうにん】の化身・・・と思ふ可きか
 師の日はく
 法界の五大は一身の五大なり 一箇の五大は法界なり
 法界即日蓮日蓮即法界なり

 当位 即 妙法不改無作本仏の当躰蓮華【とうたいれんげ】
 因果同時の妙法蓮華経の色心直達【しきしんじきだつ】の観
 心法妙の振舞【ふるまい】なり 云々

 (堀日亨編纂 「富士宗学要集 第1巻 相伝・信条部」 P.32)

・・・・・と

即ち、日蓮大聖人が仰せられるには
 “宇宙法界の全要素”
・・・・・と
 “日蓮と言う1個の生命体の全要素”
・・・・・とは
 “まったく同じ”
・・・・である

日蓮の振る舞いと言うものは
 “人工的な作為を超えたところの
 自然奥深い因果に基づいた 心法妙の振る舞い

・・・・・なのであり それ故に
 この 生命本尊 として大切に出来るのである。”
・・・・・と、言う意味の事を述べておられるのであります。

私どもは、この御教示において“生命の尊厳”の原点を見出し
改めて“人間とは何か?”と言う事を問い直し
この20世紀において新しき人間の復権を目指して
“庶民と地域に根ざした斬新なる文化諸活動
展開している訳で有ります。

今日のコノ文化祭も、その一つの昇華【しょうか】であります。

(つづく)
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by eco_eco69 | 2007-11-18 08:57 | 資料
以上のように申しあげますと、一つ疑問が出て来るかも知れません
それは・・・・・

 “原理上 確かにそうであろうが、現実問題としてみるならば
  同じく 一個の生命体 と言っても
   日蓮大聖人は悟っておられる 我々は毎日迷っている
  従って 両者の間には
   埋め尽くせない、超えがたい断層が存在している
  ・・・のではないか?”


・・・と言う事であります。

だが、この疑問に対しては日寛上人が「寿量品談義」の中において
まこと鮮やかに回答を与えられているのであります。
即ち・・・・・

 “仏果を成ずる事は因行による
  因行に励む事は信心による
  信心を進めることは法を聞くよるなり
  聞かずんば信心生せず
  信心 生せずば修行を怠る

  修行を怠れば未来何になる処に生るべしや

  仍て【しきりて】歩を運んで聴聞肝要なり
  聞く裏に信心生ず、其の間が仏なり

  一念 信心を生ずれば 一念の仏
  二念 信心生ずれば  二念の仏即乃至
  一時 信心を生ずれば 一時の仏なり

  一日 信を生ずれば  一日の仏なり乃至云々・・・

  信心生ずること必ず聞くに由るなり
  たとひ信心を生ぜざる族ありとも

  聞きさへすれば功徳無量なり”
  (堀日亨編纂 「富士宗学要集 第10巻 疏釈部(2)」 資料がないので確認が出来ず不明)

・・・・・と 先ほどの疑問は
この日寛上人のお話によってお考えいただければ
道理の上から おわかりいただけるかと思います


つまり大聖人と私ども凡夫と言う両者の間には
 “法を聞くこと、信心と言う橋を架ける事”
・・・によって
 “立派に往来できる”
・・・と、日寛上人は教えておられるのです。

「一念 信心を生ずれば 一念の仏」で あるならば
願わくは、一生信心を貫いて、生涯の仏たらんことを願いきって
この世に生きること、それ自体が、楽しくて楽しくてたまらない
www**ww*w\(~▽~@)/♪♪♪ ~∞**www***w

・・・と言うような人生を
生ききって参りたいと思いますが 皆さん如何でしょうか?

1974年(昭和49年)4月28日
金沢市 石川産業展示館にて開催された「北陸広布20年記念総会」での指導より



(関連スレ)
大石寺の板曼荼羅は本物か
http://life8.2ch.net/test/read.cgi/psy/1169849897/
【仏罰】本尊焼いてうpしました 53【落ちない】
http://society6.2ch.net/test/read.cgi/koumei/1192008866/
XXXXX ニセ本尊を糾弾する7 XXXXX
http://society6.2ch.net/test/read.cgi/koumei/1169889503/
【日寛上人】曼荼羅について考える【改竄】
http://yy48.60.kg/test/read.cgi/yukanseikyo/1170515084/


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by eco_eco69 | 2007-11-18 08:49 | 資料
http://smw69.exblog.jp/5749797

(皆さんが説明してくださっていますので
  特に付け加える必要などないのかも知れませんが…。)


「この部分がメイン」とは言えないと思いますけれど

"青年部は世界の焦点"と題する講演の中に
  当該部分は 存しまして、
  空白も含めて当該書籍では講演全体として5ページを費やしているところ
  当該箇所は、該当ページ 15行の内の12行を占めています。

  なお、http://smw69.exblog.jp/5714859の引用では、段落分けのために
  空白行があるかのようにされて いますが
  原典では空白行はなく、改行して段落分けがなされているだけです。)


講演全体からしても
引用部分の内容を否定する趣旨などありませんので
その様なご心配は無用です。

具体的に講演全体との関係で問題だとするなら
それを主張する側が必要な範囲で本文からの引用をなし
批判をすればよいだけの話です。

創価学会側の出している文献であるにもかかわらず、
学会員側からなされる
その様な具体的な批判が存在しないことが、
事実を如実に示していると言えましょう。

「本意がよくわからん」との事ですけれど、
創価学会がどのような主張を行ってきたのかを知るためにも
単に この講演のみではなく、この書籍全体
更には他の文献などにも目を通すことをおすすめいたします。

創価学会の「本意」なるものを知るためには
その程度の努力は必要なものと思いますよ。
そして当然それは
創価学会の主張する「仏罰」とは何かを知るためにも必要なことですよ。

(当該 講演全文を引用することには 様々な問題が存在すると思いますので
 現時点では行うつもりはありません。)



(2007/03/23(金) 00:18:33 by 法律ヲタ ◆8PR9uxYCzw)
http://society6.2ch.net/test/read.cgi/koumei/1172847268/116
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by eco_eco69 | 2007-11-14 17:02 | 原爆は仏罰と主張する池田先生

開目抄 (3)

- 解説 -


【一切衆生】
“生のある者全て の意味で
その中でも“人として生を受けたもの”
つまり“人間全て”を指す
但し、Aleksandr Ivanovich Oparinの進化論から察するに
人間と言う基準が スタンダードで決められるのか?
・・・と言う、個人的な疑問がある。


【主師親】
主とは 国主 つまり社会 と言う事になるわけだが
現在は国民主権の民主主義が国主となる

しかし 民主主義の欠陥として 
この の部分バラバラになってしまう為
権力の分散で いくらか緩和されるメリットはあるものの 
元来 すべての人間は 本能として 十界互具の命が潜む為 
“三悪道、四悪種(地獄、餓鬼、畜生、修羅)へ陥りやすい環境があり 
また 過去、与えた条件反射の残骸などから
“それらの既存の概念に対する様々な、環境や
その事によって起こる時間の歪みによる差
などが
そのままの状態で残ってしまい
またそれらに対する 修正調整が、全く なされておらず 
その結果
“主客転倒の新たな差別などを産む自体となってしまい 
結局 闘将堅固と言う 争いだらけの収集が付かない事態
陥ってしまう欠陥
も秘めている。

Maximilien François Marie Isidore de Robespierre
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%9E%E3%82%AF%E3%82%B7%E3%83%9F%E3%83%AA%E3%82%A2%E3%83%B3%E3%83%BB%E3%83%AD%E3%83%99%E3%82%B9%E3%83%94%E3%82%A8%E3%83%BC%E3%83%AB


また 人口が多ければ多いほど
人口に比例して 収集がつかなくなる確率も高くなる
事態を落ち着かせ整理目的で
司法議会などが形成される事になるが
しかし・・・
“その議会と司法が権力を握ってしまう事にもなる為”
結局 状況が君主、独裁政治
共産主義と何も変わらない


よって 民主主義も決して幸福を満たす機能とは言えない
また、長い歴史から見て「革命」とは権力闘争の異名とも言える

師とは・・・・・・・
  “尊敬をする人、影響を受けた人 智を与えた人” 
・・・・の事を指しており
教育者、即ち・・・・・・・
  “大学の講師や教授、学校の先生”
・・・・・・・などを指しますが
情報と言う観点で立てば
  “TVやマスコミ等の情報 本の情報”
・・・・・・・などが含まれ 
  マインドコントロール等の洗脳者
  宗教者 心理学者や医者”

・・・・・・・なども含まれるであろう

何故なら
人間は情報なしだと自殺するか発狂する」事が
心理実験で証明されており


感覚遮断実験
http://counselling.livedoor.biz/archives/50554070.html


また、アメリカにおいても
“13年間、情報を与えず隔離されていた女性”が存在し 
その後 心理学者が保護者となって その少女を引き取り
生態を観察したところ
凶暴性の強い獣と変わらぬ行動が見受けれ
その結果 
現在でも 医学の分野において
治癒が出来ず 手に負えなくなってしまい

止もう得ず 最終的には その少女を
同然の扱いにして精神病院へぶち込み
厳重に隔離をして永久に封印・・・・・・・

ラスライマー「隔絶された少女の記録」
http://www.101do.net/shosai/4j16010.html


おそらく、その少女は 人間社会の楽しみ
外の景色の美しさも知らぬまま 自分を責め
暗い檻の中で苦しみながら過ごし生涯を終えるだろう
 

当に「顕謗法抄」に書かれた阿鼻地獄の世界
地獄から永久に抜け出せない

そういった意味では 師とは・・・・・・・
  “人の運命を決めてしまう道先案内人
・・・・・・とも言えよう 

また 親とは父母の事を指しますが ・・・・・・・
“師に相通じるもの”
・・・・もあり同様の意味を持つと考えても良いだろうか?

しかし、御書にも書いてある通り
その親が禽獣であれば 
先の隔絶された少女を生み出してしまう事もある


動物の実験で、親鳥と雛を切り離し、親鳥の代わりに風船を置くと
雛は風船を自分の親だと認識してしまう結果が報告されている
また人間でも、狼によって育てられた少女人間に戻らない
・・・・・・と言う事例が報告されている


AmalaとKamala
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A2%E3%83%9E%E3%83%A9%E3%81%A8%E3%82%AB%E3%83%9E%E3%83%A9


但し 最近になって アマラとカマラの話を否定する意見が存在するが

“オオカミに育てられた少女”は実在したか
http://www.kgef.ac.jp/ksjc/kiyo/910170k.htm


しかし この説に関しては個人的な見解を述べると
この偽作説は “少女だった”・・・と言う事もあり 
その点を考えると・・・・・・ 
  ある事実を隠す為の情報操作なのではないのか?”
・・・・・・・と言う疑問がある

何故なら この情報は・・・・・・・
  “女性にとっては余りにも致命的な情報”
・・・・・・・とも受け止めることも出来
否定派の意見を伺うと ブルーノヘッテルハイムの説から引用された
自閉症児への話へと磨りかえられている一面があり
成因にしてもブルーノヘッテルハイム説が違うようだ

またブルーノヘッテルハイム自身の信用性や評価にも
胡散臭い話が存在しており

Bruno Bettelheim
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%96%E3%83%AB%E3%83%BC%E3%83%8E%E3%83%BB%E3%83%99%E3%83%83%E3%83%86%E3%83%AB%E3%83%8F%E3%82%A4%E3%83%A0


その否定説自体に疑問が残る

事実、ラスライマー氏のレポートをインターネットで探したが
資料が余りない 実はロサンゼルスで1970年に起きた事件も
隠蔽したい事実なのでは?

また、仮に 狼に育てられた少女の話が嘘だったとしても
ラスライマーの話はVideoでも記録され症例として残っており
また動物実験を見ても解かるように環境の認識を間違えれば
たとえ姿形が人間であっても獣になるという事であろう 

しかし脳科学にしても遺伝にしてもそうだが
  “この事実に関しては永久に解明ができないのでは?”
・・・・と、最近考え出すようになった

何故なら仮に真実が見つかり 事実を書けば
必ずホロコーストのような悲劇や
黒人差別 アパルトヘイトのような差別や悲劇が起こる可能性がある 

しかも絶対視されてしまう為 たとえ感情や意思を持っていても
家畜やペットのように鎖で繋がれ服従を強要されてしまうか
虫けらのように当たり前に殺されてしまうだろう
或いは「ハンセン病患者」の隔離施設に閉じ込めてしまうかもしれない
先の少女の例を見ればコレは一目瞭然である

その事を鑑みれば自己防衛の為に
都合の悪い情報は隠してしまう、或いは摩り替えてしまう事もある

話が脱線してしまったが 結局 総じて言えば主師親の三徳とは・・・・・・・
  “今まで形成されてきた 生命における環境の成果
・・・・・・・とも位置づける事も出来る

尚、この文段では朝鮮の環境
つまり
儒学 儒教 道徳 についての主師親を解説している


【儒外内】
儒は儒教の事で、孔子が立てた 
生命否定のロボット的な教え

智慧や知識など 成果を評価した上で 因など考え
突き詰めていくと・・・・・・・
  “考える、想像、或いは 創造する事”
・・・・も 悪因へと繋がってしまう事が あるため
結局 美徳とはならず

更に消去法で考えていくと こんなものを信仰していたら
最善の美徳が・・・・・・・
  “人間を辞め 何も抵抗しない植物こそ 最善の美徳”
・・・・・・・となってしまい
人間そのもの 否 生物そのものを 全て否定してしまう

更に 相手の理解がなければ 結局 自分自身をも否定しまう
 
また、この教えでも
教条的に理由もなく服従が強いられており 融通が効かない為 
この事によって 
  “主師親に権力や責任放棄などを与える結果”
・・・・・・・と なってしまい 結局・・・・・・・ 
  “支配と奴隷の構図を招いて 差別が生じてしまう”

また原始的にも
共産主義や社会主義にも相通じるものがある

要は 人をモノにしか 見られない
冷酷かつ残忍な人間が これまた 同じ人間を製造してしまう
当に、ロボットがロボットを作る 「The Terminator」の話 そのものだw
しかも、コノ場合 ロボット同士が破壊しあっているから
尚更 性質が悪い
中国や朝鮮などを見れば なるほど(・∀・)イイ!!と感じるであろう

結局 弱肉強食の構図が変わった だけで
実際は禽獣の時代 と何も変わらない

よって 孔子と言う人間は
  “相手の内面や経緯などを考えられない 
  独りよがりな割には浅墓な頭の悪い単細胞の人間”

・・・・で
こんな人間を信棒してしまう
朝鮮人や中国人はもっと不幸な人間だ

孔子
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%AD%94%E5%AD%90
シャーマニズム
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B7%E3%83%A3%E3%83%BC%E3%83%9E%E3%83%8B%E3%82%BA%E3%83%A0


外と言うのは
釈尊が説かなかった 仏教外の教え
即ちバラモン教などを指す
尚、バラモンの教えが やがて イスラムへと発展し
キリストとユダヤの教えにも影響を与えた

この時点で
男性の地位と女性の地位が変わってしまうのだが
表面上では男性が支配し女性が服従するという形に見えるものの
幸福度で見る場合
実質的には女性が支配しており男性が服従しているように映る
また 時間の平等や心の平等においては女性の方が有利
所謂、弱の力による権力では未だ衰えていない

戦争の因は様々な要素があるが、根本や原理を辿れば
やはり“女性を護る”が故に発生しており
その因を辿っていけば
やはり引き金を引いているのは 女性のエゴと断言が出来てしまう



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by eco_eco69 | 2007-11-11 04:47 | 開目抄

開目抄(1)

文永9年(1272年) 聖寿51歳 著

日興写本:静岡県富士宮市・北山(重須)本門寺蔵
定本:遺文 四条中務三郎左衛門厨頼基 宛 
        (所謂 日蓮系内で言う 四条金吾 と呼ばれている)


============================================

【原文】

それ一切衆生の尊敬すべき者三つあり
所謂 主、師、親これなり。
又 習学すべき物 三つあり
所謂 儒、外、内これなり。

儒家には三皇五帝三王、此等を天尊と号す。
諸臣の頭目、万民の橋梁なり。

三皇已前は父をしらず人 皆 禽獣に同ず。
五帝已後は父母を弁へて孝をいたす。

所謂 重華は かたくな(頑)わしき 父をうやまひ 
沛公は 帝となつて 大公を拝す。
武王西伯を木像に造り
丁蘭は 母の形をきざめり。
此等は孝の手本なり。

比干は殷の世のほろぶ(亡)べきを見て
しいて帝をいさめ、頭をはねらる。
公胤といいし者は懿公の肝をと(取)て
我が腹をさき、肝を入れて死しぬ。
此等は忠の手本なり。

尹寿は尭王の師、務成は舜王の師、
太公望文王の師、老子は孔子の師なり。
此等を四聖とがうす。
天尊頭をかたぶけ、万民掌をあわす。

此等の聖人に三墳、五典、三史等の三千余巻の書あり。
其【その】 所詮は 三玄をいでず。

三玄と者
一には 有の玄周公等此れを立つ。
二には 無の玄、老子等。
三には 者亦有亦無【やくうやくむ】等、荘師が玄これなり。

玄とは黒なり。
父母未生已前をたづぬれば、或は元気より生り、
或は貴賤、苦楽、是非、得失等は皆自然等云云。

かくのごとく巧に立つといえども
いまだ 過去 未来を一分もしらず、
玄なり黒なり幽なり、かるがゆへに玄という。

但 現在計りしれるに にたり。
現在におひて仁義を製して、身をまほり国を安ず。
此に相違すれば族をほろぼし家を亡ぼす等いう。

此等の賢聖の人人は
聖人なりといへども、過去をしらざること凡夫の背をみず。
未来をかがみ(鑑)ざること盲人の前をみざるがごとし。


===========================================




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by eco_eco69 | 2007-11-08 16:21 | 開目抄

開目抄(2)

【現代語訳・1】

人間に生まれて来ると 一切衆生は
思考と言う条件反射が与えられてしまい
その結果
慈愛の心 と言う 感情覚醒し芽生え
無意識のうちに 尊敬する人が 3人登場します

それが 主人師匠です。

また、調教された結果
洗脳され心に刻み込まれて感化されてしまい
無意識のうちに 条件反射 で思考し 服従してしまう事

・・・・が三つ存在します

それが
儒教の教え と 外道の教え・・・
そして内道たる
仏教の教えです。



儒学の条件反射で 与えられた衆生の脳内では
三皇 五帝 三王天尊と号して

「天から降りてきた
 先生\(・∀・)イイ!!
 或いは
 師 もしくは ネ申!
 ・゚・(ノ∀`)・゚・。」


・・・などと 頭目として仰ぎ
橋梁【きょうりょう】と言って その教えに縋って生きている

何故なら、三皇以前に生きていた人間は 皆 禽獣といって
  獣同然の知能智慧しか存在していなく”
また獣の習性を鑑みると
獣は 自分本位自分の事しか解からず
また、“言葉”と言う 信号を発しても 
各々が 自分本位の世界 に陥っているので
その信号伝わらず受信せず
  “自分の気持が 相手の心へと 上手く伝わらない 

要は・・・・・・・
  空間能力 / 計算能力”
・・・・・・・などが欠落していて把握が出来ていない為
  計算も組めず浮かばず”
結局 目先だけ泥縄的な思考から抜け出せず
予想予測などが出来なくて 自然法則服従してしまう

また・・・・・・・
  “他人に対する読解力想像力
・・・・・・・などが欠落していた為
慈悲の心慈愛の心などが全くない

従って 親子や家族と言う概念が無く 
種を植え付けた父を知ないし 
また自分の子を生む母親も
メスの本能から 潜在意識で育児放棄が存在した為
そのトラウマからか 子が母親をも尊敬せず 
その繰り返しで 
結局 自然界服従の本能むき出しの生活が続き
各々が 精神的にも疲弊しながらも 収集がつかなくなってしまった

しかし 混沌とした状況の中で調教されていく中に
不軽菩薩品の如く
自然と訓練されてしまったが出来てしまい
彼等は・・・・・・・
  “他人を観察する ”
  “空間/数的 能力の存在”
  “感情の弱点 (心理学にも通じる)
  “他人の感情に対する読解力(Heinrichの法則にも通じる)
  “ 相手の能力や弱点の存在 ”
  “条件反射の存在 ”
  “ 思考停止の存在と方法 覚醒の存在と方法 ”
  “飼育方法
  “式の組み方”

・・・・などが 彼等の頭の中で能力として身についてしまった。

また同時に彼等の脳内では・・・・・・・
  慈愛慈悲優しい心がある事”
・・・・・にも気付いてしまった。

そこで 訓練された成果品の彼等は  
まだ身につけていない 狂暴になった獣
大人しく服従せしめ 飼育するために
条件反射を与える式として
  “美化された 三皇 五帝と言う神話の譬え”
・・・・の話を作り 
まだ覚醒していない衆生の隙間に調教せしめ
整理のした上 固定化させてしまった 


それが 親孝行礼儀仁義
・・・と言う名の人道です。




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by eco_eco69 | 2007-11-08 16:20 | 開目抄
う~ん・・・ 

結局は 
  考え方が様々に分散して歪が起こり
  争いが起こって 今と状況と何も変わらない

・・・と言う結論に達するんでしょうか?

いや、クローンの開発が進んでいるじゃないですか
そうなってくると、こういった事も可能なのなので
  もしも 同じ性格と同じ力を持った人が30人居て
  その枠の中で社会が形成されても 上手く行くのか?
・・・・という実験的な要素もあったんですよ

この事によって何が解かるかといえば
  池田先生の指導性による正しさの証明

ま・・・池田先生に限らず
日蓮大聖人が30人居る島
・・・・にしても良かったのですが・・・

(2007/05/15(火) 18:45:27 by eco◆Smw69BiSBO
http://society6.2ch.net/test/read.cgi/koumei/1179194975/17


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by eco_eco69 | 2007-11-08 09:48 | もしも池田先生が30人居たら

他化自在天と浄居天

立正安国論に書かれていた浄居天とは?
果たして何を指すのでしょうか?
人間なのでしょうか?生物なのでしょうか?

仮に浄居天が人間なり別の生物だとすればの
浄居天の号をもつ輩は
生まれた時点即身成仏なのですから
浄居天自身は 永久に陽法ばかりを 受けていて 楽しい筈ですよね
 
しかし、第三者から見れば その浄居天が
他の衆生を虐めて楽しみ 獄卒の魔と変わらない悪魔
・・・と受け止めてしまう訳です
また、浄居天自身が、痛みを知らない為 仮想的有能感に陥り
ハインリッヒの法則に嵌って、相手の心が読めず
結局 仏法で言えば机上ばかりで
殻に閉じこもった 二乗の自己本位主義になってしまう
その可能性だって否めない訳です

また相手からみたら冷たい存在とも見えるでしょう
何せ特別な生き物ですから
先方はこの浄居天の為に生贄にされている訳ですからねー 

そうなってくると
成仏=浄居天だとすれば 仏と魔は紙一重
・・・・とも言い切れるのですが
その点について 学会の教学部並びに
日蓮系及び仏教関係者に伺いたいものです。



参考資料:

仮想的有能感
http://d.hatena.ne.jp/keyword/%B2%BE%C1%DB%C5%AA%CD%AD%C7%BD%B4%B6

ハインリッヒの法則
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%8F%E3%82%A4%E3%83%B3%E3%83%AA%E3%83%83%E3%83%92%E3%81%AE%E6%B3%95%E5%89%87



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by eco_eco69 | 2007-11-07 10:44 | Usual topics
http://smw69.exblog.jp/5749797さんの言ってるのは
創価がよく使う逃げのテクニック。
前後の文が池田の仏罰発言を否定する内容なら
とっくに創価が出してる。

前文読むことで違う解釈ができると言うのなら、
そっちが該当する部分を載せて解説するべきでは?
どんなトンデモ解釈するつもりか。見ものだな


(2007/03/22(木) by 名無し
http://society6.2ch.net/test/read.cgi/koumei/1172847268/114-115
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by eco_eco69 | 2007-11-06 21:42 | 原爆は仏罰と主張する池田先生