eco eco 五座三座 smw69.exblog.jp

以常見我故 而生恣心 放逸著五欲 堕於悪道中 我常知衆生 行道不行道 随応所可度 為説種種法 毎自作是念 以何令衆生 得入無上道 速成就仏身          南無妙法蓮華経 南無妙法蓮華経 南無妙法蓮華経。


by eco_eco69
プロフィールを見る
画像一覧

A solution for the 5 issues(2)

仏=生命 と説いたのは
創価学会の第2代会長であった戸田城聖氏
昭和19年 (1944年)
戸田城聖氏が治安維持法の違反獄中に閉じ込められていた際 
獄中で読まれた白文の法華経を読まれ
冒頭の「無量義経」に書かれてあった
34にも及ぶ「非」がつづく句に興味を持ち
ソレを解こうと考えた挙句、脳裏に浮かんで来た言葉で
この事がきっかけで 悟りを開いた(・∀・)!
・・・・と、創価学会側は、主張をしている
ところが 実は、仏=生命と説いたのがもう一人居て
その人は 日蓮宗僧侶で
明治17年(1874年)に、国柱会を設立した
あの田中智学の息子に当たり
立命館大学法学部教授もしていた里美岸雄
昭和6年(1931年)に、「吼えろ日蓮」
・・・という本を書いている。

その「吼えろ日蓮」の著書の中に、以下の記述が存在する。

  本佛とは 生命体系なりと喝破してこそ
  これが になろうと、になろうと、
  すこしも 不思議がなくなる のである。

  本尊は生命体系の図表だ。

  かくて 本門本尊 とは
  自然的生命体系を人格的に把握し
  目的化した 社会生活の体系 を 表象したものである


つまり、この時点で里美岸雄氏も 仏=生命と悟りを感じたようだ


尚、里見岸雄が執筆をした「吼えろ日蓮」
宮沢賢治氏が、影響を受け
後に 37歳で逝去する直前に
自分の命を描いた 「雨ニモマケズ」が執筆されている

参考資料:
http://www4.diary.ne.jp/logdisp.cgi?user=485270&log=200707


この事を鑑みると、やはり
里美岸雄氏の悟りも本物だったとも 考えられるが
しかし、この本が執筆されたのは 昭和6年(1931年)であり
宮沢賢治氏が逝去する2年前の事である

因みに 宮沢賢治氏の国柱会入信は18歳の時
入信動機も自ら法華経を読んだ結果でも あり
この頃 既に法華経を全て読みきっている事などを考えると 
ひょっとしたら・・・・・
  宮沢賢治氏の意見
  里美岸雄氏の本に使われた 可能性

・・・も否めない

・・・となると、厳密に言えば
  仏=生命
・・・と悟りを開いたのは
  戸田城聖氏宮沢賢治氏の2人
・・・・となる。


確かに、戸田城聖氏の執筆なされた「生命論」
他の著書などを比較し
宮沢賢治氏の著書の内容と 先の「吼えろ日蓮」の内容を比較し
総合的に判定すれば このように考えた方が合理的ではある


尚、宮沢賢治氏が国柱会へ入信した当時は
創価学会と言う存在が無かった
当の日蓮正宗も
当時は法主抗争やら権力闘争に明け暮れており
その事が きっかけで
当時 文部省から大きなClaimが出ており始末書も書いている
(この事が 今の創価学会VS日蓮正宗の抗争にも影響を及ぼしている)

その事を鑑みると消去法で国柱会へ入信したとも考えられる


人気blogランキング
[PR]
by eco_eco69 | 2008-01-09 20:03 | Usual topics